お便りシリーズNo.84
= 令和8年・2026年
東京大学古典だより(古文漢文) =

四十年も前の思い出です。私の郷里の熊本県阿蘇市の温泉町には妙行寺という浄土真宗のお寺があります。それは私が成人後はじめて参列した親しい叔母さんのお葬式のことでした。三方を開け放ったお御堂に親戚一同が集まり、先代の住職の読経がありました。
秋の気が立つ10月とはいえ、じりじりと午後の陽はきつく、喪服に身を固めた我々にはなかなかにつきあいかねる暑さでした。
私はその時、生まれてはじめて蓮如上人(れんにょうしょうにん)の白骨の御文(はっこつのおふみ)の読誦(どくじゅ)を聴きました。もとは室町時代の僧、蓮如(れんにょ)の書いた手紙文です。浄土真宗では葬式の際に、漢音のお経とは別によく読誦されます。
人生ははかなく、死は誰にでも訪れる「無常」であることを説き、阿弥陀仏に帰依(きえ)して念仏を唱(とな)えることを勧める内容です。人の死への感傷がこみあげていたからか、その時の私には、心にしみこんで来るような美しい和文に感じられました。
それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、凡(およ)そはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、幻の如(ごと)くなる一期(いちご)なり。
今に至りて、誰か百年の形体(ぎょうたい)を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁(しげ)しといえり。されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。
既(すで)に無常の風来りぬれば、すなわち二の眼(ふたつのまなこ)たちまちに閉じ、一の息(ひとつのいき)ながく絶えぬれば、紅顔(こうがん)むなしく変じて桃李の装(とうりのよそおい)を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集りて嘆き悲しめども、更(さら)にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙(よわのけむり)と為(な)し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというもおろかなり。
『法味(ほうみ)』という言葉があり、「法味」とは、仏法を聞いて感じる法悦(ほうえつ/深い感動)を指します。仏の教えを深く理解し、その教えを美味しいものを味わうように喜ぶといった意味合いです。
私は仏教信徒ではないのに、その時ばかりは深く法味を感じて、人の世の無常への感傷が胸にこみあげできました。
今年の東大古文の一節に、『泣く泣く読み給へる願文(ぐわんもん)の悲しさは、袖濡らさぬ人もありがたげなるを』とあり、それが設問にも問われていますが、狭衣大将の感涙もそのような深い法味を感受してのことあったのでしょう。
あれから40年が過ぎ、同じお寺でさまざまな親族のお見送りがありました。盛夏のひどい暑さと蝉時雨の中、皆が扇子や団扇をぱたぱた扇ぎながらの法要もあれば、鮫肌(さめはだ)のような荒い雲が一面に広がる寒々とした冬日の法要もありました。お寺の外塀に垂れ下がる枝垂桜(しだれざくら)が美しく目をうばう日の葬儀もありました。
その度ごとに、以前の参列者の内の誰かが、次の葬儀の遺影となって見送られていきました。「二つの眼(まなこ)たちまちに閉じ、一つの息ながく絶えぬる」現場に立ち会う体験もいくたびかありました。
過ぎた人生の40年を俯瞰(ふかん)すれば、やはり、人の世の無常を思わずにはいられません。
妻のローリーがスタンフォードの大学院生だった頃英訳をした『宝物集』〔鎌倉期の仏教説話集〕第十二・称念弥陀の段にはこんな話が載せられています。これも30年ほど前のことで、私は英訳の手伝いをしながら、この話に何とも言えぬ法味を感じたことを思い出します。
神崎(かんざき)の遊女に、とねくろといふ者ありけり。
仏法のことはさらに知らざりけるが、西国へ下りけるに、
海上にて病を得て、やがて終りになりにけり。
その時、西に向かひて、声をあげてかくぞ歌ひける。
「われらは何しに老いにけん、
思へばいとこそあはれなれ。
今は西方極楽の、
弥陀(みだ)の誓(ちか)ひをたのみける。」
かく申すほどに、西の方より音楽(おんぎょく)聞こえ、紫雲(しうん)たなびきて、やがて往生を遂げにけり。
この「とねくろ説話」は、最も俗なる存在である遊女が、臨終で自身の人生の意味を問い、念仏による救済を願うという浄土教説話の典型モデルとなるような説話です。
とねくろの今様(いまやう)《平安末期〜鎌倉期に歌われた歌謡》は、私には人生の絶叫のようにも、虫の息の下に語られる今際(いまわ)の際の呟き(つぶやき)のようにも、どちらにも聴き取れてしまう不思議な響きを持っています。
中世の遊女という存在は、「人を愛欲に迷わせる側」でもあり、「自らが迷いの中にいる側」でもあるという複雑な存在です。色欲・金銭・快楽という、人間の根源的欲望の中心にある存在です。しかし一方で、社会的には低い身分であり、老いて、若さと美しさを失えばすぐに見捨てられる女性たちでもありました。最も美しいものが、最も早く滅びるという点で、遊女たちは欲望の中心にいながらも、最も早く、かつ、切実に世の無常に直面します。
「われらは何しに老いにけん」とは、「我らは何しに生まれけん」と同義です。この無常な世の中にあって、私たちは何のために生きたのか、そして、何のために死んでいくのか・・・
遊女とは人間の欲望と無常が極限まで可視化された存在だからこそ、宗教的転換の象徴としての「気づき」が劇的な落差となり、読み手に深い宗教的感慨を催させるのだと思います。この話も私が法味を味わった思い出の一つです。
《古文の背景知識No.1》
ー空・ 執着・ 愛執ー
そもそも、仏教はこの現実世界(この世・現世・俗世)を仮そめのもの(仮の世・仮象・無常な世の中)と、とらえています。方丈記の冒頭「ゆく川の流れはたえずして~」みたいに、人間の生まれては死にゆくさまを一瞬で消えていく水の泡に例えたりするわけです。つまり、この目に見えている世界は存在しているように見えて実は実体がない、その幻の実体のない富や名誉や恩愛や愛欲にとらわれるところに、人間の苦しみがあると2500年前のお釈迦様は考えたわけです。
たとえば、幻のスクリーンに映ったバナナを食べようとどんなにあがいてもお腹に入りません。だから、虚しい。また、サルみたいな動物だったらスクリーンに映った火事の映像を見て、キーキー叫んで恐怖にとらわれてしまって、はたから見ている人間からしたらおかしいんだけど、案外、人間も同じようなことをやってんじゃないか、ありもしないものに執着したり、幻の何かにとらわれてあせったり、怖れたりしているんじゃないか、そういういろんなわずらいを仏教では煩悩(ぼうのう)と言い、それにとらわれることを執着(しゅうちゃく)といいます。ですから煩悩という言葉はあくまで、仏教的なセンテンスで、人間の俗世に対する欲望を背景として用いられる言葉です。
心に平穏を得るためには、一刻も早くそのような苦から逃れなければならない。これを出離(しゅつり)といいます。またそのような気分になれば、この現世のことがすっかりいやになってしまいますから、世を厭(いと)うといった言葉もキーワードとして出てきます。これを難解な仏教用語では厭離穢土(おんりえど)ともいいます。この世の穢(けが)れを厭(いと)い離れるといった意味です。つまり、自らの自我が欲望を捨ててわずらいを離れて心からすっきりして、もう幻の俗世に執着しない、といった境地が「空・空寂(くうじゃく)」です。それは透徹な無常観。何ものにもとらわれない生死をも超越した境地ですから、ヨーロッパ哲学の虚無主義とは違います。《ニヒリズムの帰結は絶望ですが、空論の帰結は心の平安です》
〔中略〕
わずらいから解放されれば誰でもがすっきりします。すっきりするとわかっているのにどうしても仮りそめなこの世に対する未練が残ってしまうものには、たとえば親子の情(=恩愛おんあいの情)・男女の愛欲、または地位や富・権力・名声(これを名利みょうりとか名聞みょうもんと言います)などがあります。くり返しますが、このような俗世の欲望を煩悩というわけです。
国立の記述問題などでこのような煩悩の説明を求められた場合は、俗世に対する「執着・妄執・愛執・妄念・未練」などの語句が使えます。たとえば出家をためらう理由と問われた場合、「~への愛執を断ちがたく」などと書くことができます。
《古文背景知識No.7》
ー 追善供養 ー
ところで、現世の運命は変えられないとしても、来世でどう生まれ変わるかは、現世での過ごし方いかんです。そこで人々は生きている間に功徳(くどく)=来世で極楽往生するための現世でのよい行いを積み、ひたすら来世での極楽往生の実現を願います。
それでも、極楽往生の功徳が足りずに死んでしまう人の場合、救済の方法はないのでしょうか?
大乗仏教では、その点に関して面白い救済法があります。たとえば、一般にキリスト教においては、その人が死んだのちに天国に行くのか、地獄に行くのかは完全にその人個人の責任です。イエス・キリストによる裁きに周りの人間は口を出すことができません。
ところが、日本で発展した大乗仏教の考え方では、人間はたとえ死後、前世の報いで地獄道に落ちたとしても、この世に生き残った子孫や他の人々があとから功徳を積み、亡き人の菩提(ぼだい)を弔う(とむらう)ことによって、亡くなった人の罪も軽くなるという考え方があります。
いわゆる、「これであ人も浮かばれる」とか「こんなことじゃ、死んだ人も浮かばれない」というときの、あの「浮かぶ」のニュアンスです。
残された人々が、亡き人のために後から善を追加することによって、その人の罪が軽くなり、極楽往生へと浮かびあがっていくといった考え方です。このような考え方を追善供養(ついぜんくよう)といいます。
センター試験の正誤問題などに文章化される場合は、追善供養的行為は菩提を弔うとか冥福(めいふく)を祈る・供養する・来世を弔うなどといったフレーズで選択肢に出てきますので、この点も気をつけてください。
《木山の直単:B動46》
とぶらふ(訪ふ/弔ふ)=とふ(問ふ/弔ふ)
①訪れる・見舞う・世話をやく
②手紙を出す
③(亡き人の)菩提を弔(とむら)う→とぶらひ〔=名詞化すれば弔問(ちょうもん)〕

第二問〔古文〕
次の文章は「狭衣(さごろも)物語」の一節である。狭衣大将(大将)と飛鳥井(あすかい)の女君は恋人同士だったが、その関係は秘されていた。以下は、飛鳥井の女君の一周忌の法要の場面である。
年の果てに、かの人の事せさせ給ひけり。心ざしのしるしには、何事をかは
と思せば、経、仏の御飾りを、
ア なべてならずせさせ給ふ。
何事も、まことに日の中(うち)に仏にも成るばかりに、思し掟(おき)てたり。
その日、いたう忍びて、自らおはしぬ。講師(かうじ)《注…法要で講説する
僧》は、山の座主(ざす)《注…比叡山延暦寺を統括する僧》なりけり。
請僧(しゃうそう)《注…招かれた僧》六十人、七僧《注…法要で役を務める
僧》なども、並び居たり。
いみじう尊きにつけても、「めでたかりける人かな。この御心にかくまで
思されけるよ」と、見る人多かり。さしもすぐれ給へる御さまに、泣く泣く
読み給へる願文(ぐわんもん)《注…仏事に読み上げる文章》の悲しさは、
イ 袖濡らさぬ人もありがたげなる
を、まいて大将の御直衣(なほし)の袖は絞るばかりにもなりぬべし。
さるは、「人目も心弱くや」と思し忍ばぬにはあらねど、ただうち聞く集、
物語、古歌なども、我が思ふ筋なるは、こよなう目留まりて、あはれにおぼ
ゆるわざなればなるべし。見たてまつる人なども、「誰ならん、いとかばかり
思されたりけるは。
ウ げに口惜しかりける命のほどかな」
と、見おどろかぬはなし。さまざま尊き事どもは多かれど、
エ えまねばぬは、なかなかかひなし。
事果てて、僧も人々もまかでぬれど、自らは留まり給ひて、尼君《注…飛鳥
井の女君の伯母》に会ひ給ひて、尽きせぬあはれと思したり。
入相(いりあひ)の鐘《注…日没時の鐘》の音ほのかに聞こえたる、夕べの空
のけしき、所がら、言ひ知らず心細げなるを、簾(すだれ)かき上げて、つく
づくと眺め給ひて、行ひ給へるけしき、いみじう尊くあはれげなり。
暁にもなりぬらんとおぼゆるまで明かし給ひて、あまり苦しければ、やがて
端にうち休みて、まどろみ給へるに、
オ ただありしさまにて、かたはらに居て、
かく言ふ。
〔歌〕暗きより暗きに惑ふ死出の山
カ とふにぞかかる光をも見る
と言ふさまの、らうたげさもめづらしうて、「物言はん」と思すに、ふと
目覚めて見上げ給へれば、澄み上(のぼ)りて、月のみぞ顔に映りたりける。
雲の果てまで、さやかに澄みわたりたる空のけしきを、ただの寝覚めにだに、
心細かりぬべき空のけしきなれば、かたはらにまだある心地して、見わたさ
るれど、人は皆遠く退(の)きつついとよく寝たり。
一人つくづくと空を眺め給ひて、泣く泣く越ゆらん死出の山路まで思しやら
るるに、ただ、かの吉野の山をも後(おく)らかさんこと《注…飛鳥井の女君
にはじめて出会った折、吉野山にちなむ和歌を用いて声をかけた狭衣大将が、
女君の気持を確かめるために、あえてつれなくしたこと》を、恨めしげに思
ひたりしけしきなど、なつかしかりしも、ただ今向かひたるやうに思ひ出で
られ給ひて、
〔歌〕後れじと契りしものを死出の山三瀬川(みつせがは)《注…三途(さんず)
の川》にや待ちわたるらん
と思しやるも、枕浮き給ひぬべき心地し給ひて
キ 経を読み給ふ。
現代語訳
(狭衣大将は)年の暮れに、あの人(=飛鳥井の女君)の一周忌の法要を催し
なさった。(女君への)愛情のしるしとしては、(外に)何ごとが出来ようか、
いや、法要以外に何事もできない、とお思いになるので、経文や仏像の
御飾りを、
ア なべてならずせさせ給ふ。
何ごとも、誠にその日のうちに仏にもなるほどに《=すぐに成仏するほどに
完璧な法要を》あらかじめ取り決めなさっていらっしゃった。その日、たい
そう人目を避けて、大将ご自身もいらっしゃった。講師は比叡山延暦寺の
天台座主であった。招請された僧は六十人、(役を務める)七僧なども、並び
座っていた。
たいそう尊いにつけても、「(このように法要を営まれる女君は)すばらし
かった人だなあ。この(大将の)お心にこれ程まで に思われなさっている
ことよ」と見る人は多い。
それほどまでにも優れたご様子で、泣きながらお読みになる願文(の文章)
の悲しさは、
イ 袖濡らさぬ人もありがたげなる
のを、まして大将の(着ている)直衣(なほし)の袖は、きっと(涙で)絞れる
ほどまでになってしまうにちがいない。そうは言っても、(大将も)「人目
にも心弱く見えるだろうか」とお思いになり、堪え忍ぼうとなさらないわけ
ではないけれども、ただふと聞く勅撰集や物語、古歌なども、自分の思う筋
に(重なる)ものは、この上なく目が留まって、しみじみと物悲しく思われる
ことなので、(=そういうご性質なので涙が止まらないの)であるにちがい。
(大将の様子を)見申し上げる人なども、「(これほどまでに死を惜しまれて
いるのは)誰であろう、たいそうこれほどまでに(大将から)思われていた
人は。
ウ げに口惜しかりける命のほどかな」
と、見て驚かない者はいない。さまざまに尊い(法要の)事柄は多いけれ
ども、
エ えまねばぬは、なかなかかひなし。
法要が終わって、僧も人々も退出してしまったけれども、(大将)ご自身
は留まりなさって、尼君〔=女君の伯母〕にお会いなさって、尽きることの
ないしみじみとした物悲しさであるとお思いになった。
(日没を告げる)
入相の鐘の音がかすかに聞こえてくる、夕暮れの空の様子は、場所柄
(もあって)、言いようもなく心細い様子であるのを、(大将が)簾をかき
上げて、しみじみと(物思いにふけって)眺めなさって、仏道修行(勤行)
をなさっている様子は、たいそう尊くしみじみと趣深い。
(大将は)夜明け前にもなってしまっているだろうかと思われる頃まで
(一晩中)座って夜を明かしなさって、あまりに苦しいので、
そのまま(部屋の)端でちょっと休んで、まどろみなさっていると、
(夢の中で女君が)
オ ただありしさまに、かたはらに居て、
このように言う。
〔歌〕暗い(迷いの)道から、さらに暗い(迷いの)道へと迷う死出の山
ですが、
カ とふにぞかかる光をも見る
と言う(夢の中の女君の)様子が、かわいらしい様子であるのもすばらしく
て、(大将は)「何か物を言おう」とお思いになる時に、ふと夢から覚めて
(空を)見上げなさると、(月が高く)澄み上って、月(の光)だけが
(大将の)顔に映っていた。
雲の果てまで、はっきりと一面に澄んでいる空の様子を(見ると)、ただの
目覚めでさえ、心細くなってしまいそうな空の様子であるので、(女君が)
まだ傍(かたわ)らにいるような心地がして、自然と(あたりを)見渡される
けれど、人々は皆、遠く退(しりぞ)きつつ、たいそうよく寝ている。
(大将は)一人でつくづくと空を眺めなさって、(女君が)今ごろ泣き
ながら越えているだろう死出の山の路まで思いやりなさると、ただ(女君と
初めて出会った折に)あの吉野の山で(女君の気持ちを確かめるために、)
敢えてつれなくしたことを、(女君が)恨めしそうに思っていた様子などが、
心ひかれように思われたのも、まさに今向かい合っているかのように自然と
思い出しなさって、
〔歌〕死におくれまい(=生死を共にしよう)と約束していたのに、(先立って
しまったあなたは)今ごろ死出の山の三途の川で(私を)ずっと待ち続けて
いるのでしょうか。
と思いやりなさるのも、(涙で)枕も浮いてしまいそうな心地がして、
キ 経を読み給ふ。
[設問]
以下、今年の添削通信の合格者(文科一類)の再現答案を紹介しつつ解説します。
(一) 傍線部ア・イ・エを現代語訳せよ。
ア
Aさん
⇒
並一通りでなくさせなさる(正解か?)
木山
⇒
並一通りでなく立派に飾らせなさる
イ
Aさん
⇒
涙で袖が濡れない人もめったにいない様子である(正解)
木山
⇒
涙で袖を濡らさない人もめったにない様子である
エ
Aさん
⇒
真似することができないことはかえってどうしようもない(不正解だが部分点有り)
木山
⇒
それを表現するすることが出来ないのは、かえってどうしようもない《直訳風》
別解
⇒
そのまま書き伝えることが出来ないのでは、かえって語る価値がない《意訳風》
(二) 「げに口惜しかりける命のほどかな」(傍線部ウ)とはどのような心情か、説明せよ。
Aさん
⇒
大将が大層涙を流すほど悲しむ女君の死を、残念に思う気持ち。(不正解)
木山
⇒
大将に深く愛されていながら亡くなった故人の早世を残念に思う心情。
(三) 「ただありしさまにて、かたはらに居て」(傍線部オ)とはどういうことか、状況がわかるように説明せよ。
Aさん
⇒
大将の夢の中で、女君が生前の姿で大将の側に座っていたということ。(正解)
木山
⇒
狭衣の大将の夢の中で、飛鳥井の女君が生前の姿で大将の側に座っていたということ。
(四) 「とふにぞかかる光をも見る」(傍線部カ)とはどういうことか、説明せよ。
Aさん
⇒
女君は暗く悲しい死後の世で、現世の澄み渡った空に輝く月の光を見守っているということ。(不正解)
木山
⇒
大将が菩提を弔ってくれたことで、女君が極楽往生への光明を見出せたということ。
別解
⇒
大将が手厚く菩提を弔ってくれたおかげで、自分は成仏できそうだということ。
(五) 「経を読み給ふ」(傍線部キ)とあるが、それはなぜか、直前の和歌の内容をふまえて説明せよ。
Aさん
⇒
大将は女君が成仏できずに三途の川で自分を待っているだろうと思い、成仏させようとしたから。(ほぼ正解)
木山
⇒
大将は、女君に自身への愛執を断って極楽往生して欲しいと願ったから。

第三問〔漢文〕
次の詩は、白居易が蘇州(そしゅう)の知事であった時期に作られた五言古詩「双石(そうせき)」である。これを読んで、後の設問に答えよ。ただし、設問の都合で送り仮名を省いたところがある。
[書き下し文]
蒼然(さうぜん)《注…古びたさま》たり両片(りょうへん)の石(せき)
厥(そ)の状(じょう)怪(かい)且(か)つ醜(しゅう)
a 俗 用ニ 無クレ 所レ 堪フル 時 人 嫌ヒテ
不レ 取ラ
胚渾(はいこん)《注…天地開闢(かいびゃく)の混沌状態》
の始めより結び《注…凝固して》
洞庭《注…蘇州の太湖に浮かぶ島。洞窟があり湖南省の洞庭湖と地下で
通じていると伝えられる》の口(ほとり)より得(う)
万古(ばんこ)より
b 遣二 水 浜一
一朝(いっちょう)にして吾(わ)が手に入る
担舁(たんよ)して《注…力を合わせて担いで》郡内《注…公舎》に
来(きた)し
洗刷(せんさつ)して泥垢(でいこう)を去る
孔(あな)黒く煙痕(えんこん)深く
罅(ひび)青く苔色(たいしょく)厚(あつ)し
老蛟(ろうこう)《注…みずち/龍の一種》蟠(わだかま)りて足と作(な)り
古剣(こけん)挿(さしはさ)みて首と為(な)る
忽(たちま)ち疑ふ天上より落つるかと
c 不レ 似二 人 間(じんかん)ニ 有ルニ一
一(いつ)は吾が琴(きん)を支(ささ)ふべく
一(いつ)は吾が酒を貯(たくわ)ふべし
峭絕(しょうぜつ)《注…切り立ったさまは》高さ数尺(すうしゃく)
坳泓(あうわう)《注…くぼみが深いさま》容(い)るること一斗(いっと)
窪樽(わそん)《注…大きな石のくぼみを利用した酒樽》酌(く)めども
未だ空(むな)しからず
玉山(ぎょくざん)頽(くず)れて《注…酒に酔いつぶれても風格を保つさま》
已(すで)に久し
人皆(みな)好む所有(あ)り
物(もの)各(おのおの)
d 求二 其 偶一
漸(ようや)く恐る少年の場《注…若者の集まる場所。またはその集まり》
垂白(すいはく)の叟(そう)を
e 不レ 容二
頭(こうべ)を廻(めぐ)らして双 石(そうせき)に問ふ
f 能ク 伴(ともな)フヤ二 老 夫ヲ一 否(いな)ヤ
石言ふ能(あた)はずと雖(いへど)も
我を許して三友(さんゆう)為(た)らしむ
〔『白氏文集』による〕
[現代語訳]
蒼然(そうぜん)として古びたさまであるなぁ、この二つの石は。その状態は怪しくかつ醜(みにく)い。
a 俗 用ニ 無クレ 所レ 堪フル 時 人 嫌ヒテ
不レ 取ラ
(この石は)天地開闢(かいびゃく)の混沌状態の始めより凝固して、(今私は) 蘇州の太湖に浮かぶ島である洞庭のほとり(=水際)で(この石を)を得た。
太古の昔より
b 遣二 水 浜一
一朝(いっちょう)にして(=あっという間に、たやすく)私の手に入れるところとなった。
(二つの石を)力を合わせて担いで(蘇州知事である私の)公舎にまで運んで来た。
汚れを水で洗い流して、泥やこびりついた垢(あか)を取り去った。
石にあいた孔(あな)は黒く、煙痕(えんこん)が深く、罅(ひび)割れが青く、苔(こけ)色が濃厚である。
(その石の様子は)龍の一種である老蛟(みずち)がとぐろを巻いて足と作(な)っているようにも見え、
古い剣を挟(さしはさ)んで首と為(な)っているようにも見える。
たちまち疑ってしまう、(これらの石は)天上より落ちてきたのかと。
c 不レ 似二 人 間(じんかん)ニ 有ルニ一
一つの石は私の琴を立てかけて支(ささ)えるのによく、もう一つの石は、私の酒を(石に空いたくぼみに)貯(たくわ)えるのによい。
切り立ったさまは高さが数尺(すうしゃく)《木山注…1尺は約30センチ》ある。
(石に空いた)くぼみが深いさまは、酒を一斗(いっと)も容れるができる。
五弦の琴をその石の左に寄せて立てかけ、
一杯の酒器をその石の右に置く。
大きな石のくぼみを利用した酒樽(さかだる)はいくら酌(く)んでも空(むな)しくなることはない。
(私は)酒に酔いつぶれても風格を保とうとして、すでに久しい。
人は皆(みな)好む所がある。
物(もの)は各(おのおの)
d 求二 其 偶一
(私も歳をとって)しだいに若者の集まりに接することを恐れるようになった。
(私のように)白髪の垂れたの年老いた男(叟そう)を
e 不レ 容二
(私は)頭を廻(めぐ)らして二つの石に尋ねてみる。
f 能ク 伴(ともな)フヤ二 老 夫ヲ一 否(いな)ヤ
石は言葉を言うことが出来ないとはいっても、私を許して、三人の友(自分と二つの石)とならせてくれた。《三人の友となることを許してくれた》
[設問]
(一) 傍線部b・d・eを平易な現代語に訳せ。
b
Aさん
⇒
水辺の浜に残存し続けている(ほぼ正解)
木山
⇒
湖の水辺に残されていて
d
Aさん
⇒
自身の仲間を求める(正解)
木山
⇒
自分の連れ合いを求める
e
Aさん
⇒
受け入れない(若干減点か)
木山
⇒
受け入れてくれないことを
(二) 「俗 用 無レ 所レ 堪 時 人 嫌 不レ 取」(傍線部a)とはどういうことか、簡潔に説明せよ。
Aさん
⇒
洞庭の石は人々に日常で使われるほどの能力はなく、人々に嫌われ、放置されたということ。(訳出が硬くこなれず、やや減点か)
木山
⇒
世俗の用途には役立たずで、当時の人は見向きもしないということ。
別解
⇒
双石は世俗の用途では使い道がなく、当時の人は関心を示さないということ。
(三) 「不レ 似二 人 間 有一」(傍線部c)とはどういうことか、わかりやすく説明せよ。
Aさん
⇒
洞庭の石は奇怪な孔やひびをもっており、人の世にあるもののようには思えないということ。(正解)
木山
⇒
奇怪な石は人の世に存在するものとも思えないということ。
別解
⇒
双石の有り様は怪異であり、人の世にあるものとも思えないということ。
(四) 「能 件二 老 夫一 否」(傍線部f)について、「老夫」の指すところを明らかにして、平易な現代語に訳せ。
Aさん
⇒
二つの石は、年老いて若者の集まりを恐れる私白居易を仲間にしてくれるかどうか。(正解)
木山
⇒
双石よ、老いぼれた私白居易を仲間に加えてくれるかどうか
(この記事続く)